宮崎つばめのネットビジネスで月収100万円。

宮﨑といいます。 ネットビジネスについて書いていきます。 主に情報販売、アフィリエイトについてです。 ネットを使って月収100万円を目指していくブログです。 心構え、手法を共に紹介します。 お金は欲しいけど、組織に縛られた働き方は嫌だし、家やカフェにいながら稼ぎたい!というそんなあなたに。 ※2013/09/08 時給5700円達成。

2015年08月

好きなことだけして生きたら、どうなる?




こんにちは。
どんどん更新していきます。宮﨑です。

最近、ブログを更新するのが本当に楽しいです。
皆さんがよくご覧になってくれてるみたいなんで。

さて前回からは、
心屋仁之助さんの本について、 学びを紹介しています。
『「好きなこと」だけして生きていく。』
という本に関してですね。

好評ならシリーズ化しようかなー という風に書いたと思います。
今までで五本指に入るくらい好評でしたので、
早速ですがシリーズ化して、第2弾です。笑

前回の記事はこちらから確認してください。
努力は必ず報われる?

前回は、努力は必ず報われるとは限らない、
といった内容の話でした。

じゃあどうしたらいいの? って思いますよね。

そこで、本のタイトルにも関連してきますが、
「好きなこと」だけして生きていくのはどうですか?
という提案を私からさせていただきます。

ということで今回のテーマは、
「好きなこと」だけして生きていく、です。

そもそもせっかく生まれのに、
好きな事をやらないのがおかしいです。

みなさんあまりにも我慢をしすぎていますね。
本当は他にやりたい事があるのに。

あなたにもありませんか?
・仕事をサボってカフェに行きたい。
・授業をサボって屋上で昼寝したい。
・サラリーマンではなく、起業したい。
・好きな人に告白したい。

本当はやればいいと思いますよね。

好きなこと、やりたいことをしている時が、
どう考えたって人生で楽しいのに。

毎日ワクワクだけしていたら、
それはそれは最高の人生になるはずです。

けど、何故かできない。
これは、前回から言っているように、
あなたが自分に自信がないからです。

あなたが自分を許していないので、
自分を認めていないので、
他人の評価ばかりを気にしているので、
本当のあなたを解放できていないのです。

でもね、意外と大丈夫なんですよ。
あなたは好き勝手に生きても。

あなたが人生を思い切り楽しむことで、
その姿が誰かを勇気づけるからです。

「私も好きなように生きていいんだ」
と誰かの背中を押すことができるからです。

僕も自分がしたいように生きて、
結果的に誰かの背中を押せればいいなと思っています。

みんながそれぞれ好きな事・やりたい事をやって、
お互いに迷惑をかけあって、
お互いに助け合えたら、
最高じゃないですか?

好きなことをしていると、

自分らしく生きられる。
人生が最高になる。
自由になれる。

そして好きなことをしていると、
なぜかお金が入ってくるようになります。

何故かというと、
私利私欲で生きるのには、 罪悪感がないからです。

ここでは自分は存在しているだけで、
価値があると思い込んでいる状態になっています。

なので私利私欲で生きていようとも、
人の役に立っていなくとも、
豊かさを受け取っていいと思っていますし、
幸せになっていいと思っているからです。

お金にとらわれていないんですね。

「好きに生きていい」 という前提の違いですよね。

好きなことが出来ない人は、
好きに生きてはいけないと思っているんです。

自分に価値がないと思っているので、
そんな自分が好き勝手に生きるなど、
到底考えることが出来ません。

自分に自信がなく、
ダメだと思っているので、
罪悪感でお金を受け取ることも出来ません。

せっかくのチャンスも、
フイにしてしまうし、
気づいていなかったりもします。

本当はあなたは最高の価値を持っているのに、
自己評価が低いので、
自分には価値がないと思っているので、
本当は当然に受け取っていい豊かさを、
自ら拒否してしまっている状態です。

だから必死に頑張って、
必死に自分の価値を上げようとしてしまう。

それはやめましょう、
という話は前回しましたよね。

全然違いますよ。

あなたは、生きてるだけで最高です。
素晴らしい価値を持っています。

ですから、他人への価値提供とか、
そういう難しいことは考えなくていい。

あなたは自分の好きなことをして、
自由気ままに生きればいいのです。

そうすると、お金をはじめとしとした豊かさが、
あなたに舞い込んでくるようになりますので。

思い切って、 あなたの好きなことをやっていきましょう。
僕も好きなことをひたすらやり続けます。

もしその先で、 あなたとビジネスを一緒にしたり、
一緒に遊べたら最高だと思いながら、
今この記事を書いています。

そうです。

今僕がこの記事を書いているその行為も、
僕の好きな事なんです。

有言実行です。笑

どんな小さな事でもいいです。
むしろ小さい事から始めましょう。

だってそうじゃないですか?

今ここでコーラを飲みたいあなたが、
「お金が勿体無い」 「太ってしまう」 「虫歯になる」
とあれこれ理由をつけて出来ないのに、

果たして仕事を辞めて、
念願だったラーメン屋を開業する!

なんて事が可能でしょうか?

僕はそれはできないと思います。

目の前の小さいやりたい事も出来ないのに、
ずっと思い描いている、自分の夢が、
実現できるとは思えないからです。

ですから、どんな些細な事でもいいです。

やりたいこと、やりましょう。
好きなこと、やりましょう。


眠いなら、寝ましょう。
映画が観たいなら、観ましょう。
ビールが飲みたきゃ、飲みましょう。

好きな事を、思いついた時に。

これが一番の近道だと思います。

好きなように生きる、第一歩です。

僕はこれをし始めてから、
人生が好転しました。

毎日が楽しくてたまりません。

やりましょう、好きなこと。
やりましょう、やりたいこと。

あなたも、ぜひ。

どうでしたでしょうか?

このシリーズは好評ですので、
しばらく続けていこうと思います。

区切りがいいので、
今回はこの辺にしておきたいと思います。
また近いうちに更新しますね。
最後に、おまけです。

高橋優さんの、
「福笑い」という曲です。

歌詞が非常に最近僕が思っている事と一致するし、
ここ何回かブログで言っていると事とも一致しています。

あなたが今日笑って生きているか。

結局ここだけな気がしますね。
人生を楽しむコツって。



それでは、また次回です。

by 宮﨑

マクロミル

努力は必ず報われる?


こんにちは。
宮﨑です。
今回も是非最後までお付き合いください。

まず、あるフレーズについて。


努力は必ず報われる」
よく聞く言葉です。

今回はこの「努力」「頑張ること」
について考えていきたいと思います。

まず何故このテーマにしようと思ったのか。
という事について少しお話しします。

先日、ある本と出会いました。
心屋仁之助さんという方の、
(面白いペンネームですよね)

「好きなことだけして生きていく。」
という本です。

非常に魅力的なタイトルですよね。
内容も、タイトルの通りです。

詳しく内容を知りたいという方は、
是非手にとって読んでみてくださいね。


それで、今回はこの本からの学びのシェアです。
(好評であれば、連載として何回かやります)

今回はこの本の序盤の部分に関して。
「頑張ること」について。
「努力」についてです。


突然ですがあなたは、
努力をして、何かを成し遂げた!
という経験はあるでしょうか?

考えてみてください。

おそらく、いくつか挙がると思います。
そりゃ、そうですよね。


では逆に、
すごく頑張ったのに、
報われなかった。

という経験はありませんか?

おそらく、何かしらあると思います。
多分こちらの方が多いですよね。


はい。
努力=報われる

の式が成り立たない事は、
あなたの人生が証明してくれました。

だって、そうならないことが過去にあった
(むしろそちらの方が多い)
という事は、この式は成り立たないって事です。

少しガッカリもしれません。
けど、これが真実なんです。


もう少し詳しく話をしましょう。

確かに、努力が報われる事もあります。
けど、報われない事もある。
そして多分、こちらの方が多い。

報われる時はいいです。
けど報われない時は、
「こんなに努力したのに」
と不満が残ってしまう。

この不満が自分の自身をなくしたり、
周りに怒りをぶつけたり、
人生をつまらなくする為の悪さをするのです。

そしてあなたは思うでしょう。
「所詮人生なんて、こんなもんだ」と。

そう思わせているのは、
努力=報われる
とあなたを信じ込ませている世間なんです。

もっと言うと、
そう教えてきた先生や両親、
それを信じて期待するあなたの心ですね。

あなたがそのように洗脳をされた結果、
現実に絶望し、
夢も希望も諦めてしまうわけです。

僕もそうでした。
頑張れば報われると思っていたから。

けど本当は、そうではなくむしろ逆だったんです。

そもそもどうして私たちは頑張ってしまうのか。

それは、他人に認めてもらう為です。
自分に自信がないから、
他人に褒められたり、認められる事で、
自分の存在を確認するんですね。

自分の自分に対する評価がとても低いので、
他人からの評価を求めるわけです。

しかしその他人からの承認というのは、
未来永劫続くわけではありません。

いずれ消えゆく運命にあるのです。
ならば、どうするか。

また、頑張るんです。
頑張り続けることで、
他人からの評価を受け続けようとする。

止まってしまったら、
自分の存在が消えてしまいそうで。

自分が、自分に対して最高の評価をしていれば、
他人からの評価を気にする必要はありません。

努力なんてせずとも、
当然に自分を最高に評価しているわけですから。

けど、昔の僕は違いました。
おそらくあなたもそうだと思います。

自己評価が低いので、
他人からの評価を上げる為、
頑張り続ける。

辛くても、
それしかないから、頑張る。


分かりますよね。
これってやり続けていると、
自分が壊れてしまうんですよ。

努力が報われないから、
人を恨んだり、怒鳴りちらしたり。

他人に向いているうちはまだいいかもしれません。

この負のスパイラルの原因は、
低い自己評価にあります。

当然ですがこの状態が続けば、
自らを傷つけるようになってきます。

ここまでくれば、立派な病気です。笑

僕もここまでいきました。

何度も自殺しようとしました。
何も出来ない自分が最高に嫌だったから。

でも本当は違うんです。

あなたは生きているだけで、
最高の価値があるんですよ。
 

考えてもみてください。

あなたの両親が偶然出会い、
偶然にもその日その時に行為をして、
偶然にもあなたが生まれた。

数億個の精子のうち、
あなたになれたのは、
たった1つなんです。

隣の精子では、
全く別の人が生まれてきてしまうんです。

あなたのお母さんが妊娠後に、
無事にあなたを産めなかった可能性もあるわけです。

あなたのお母さんは、
別の男性と結婚した可能性もあるわけです。

あなたのお父さんは、
子どもを産めない病気だった可能性もあります。

こんなのいちいち挙げていたら、
キリがありません。


あなたは、それこそ天文学的確率で生まれた存在。
唯一無二のあなた。

そう、あなたは生きているだけで、
最高の価値があるんです。

あなたは、最高なんです。
そろそろ、自分を許してみませんか?

友達に悪口を言ってしまった自分。
遅刻をしてしまった自分。
大会で1回戦負けをしてしまった自分。
大学受験に失敗してしまった自分。
仕事がうまくいかない自分。

大丈夫です。
他人の評価なんか気にしなくていい。

「私は、最高だ」

とあなた自身が自分を認めてあげればいい。
他人の評価なんて関係ないです。


そもそも人の価値に差なんかありませんから。


酸素63%
炭素20%
水素10%
窒素3%
その他無機質が4%。


これ何だと思います?


人体の構成要素です。


多少の誤差はあるにしても、
人間は皆同じ構成要素で出来ているわけです。

当然ですよね。

中身が違ったら、
それは別の生物ですから。

イチローも、
安倍首相も、
マイケル・ジャクソンも、
ホリエモンも、
木村拓哉も、実は皆同じ価値なんです。

同じ「ヒト」同士なんですから、
価値に差があるわけありませんよね。

あの人はすごい、自分はダメ。
ではありませんよ。

その人の価値は他人が決めるのではありません。
あなた自信が決めるのです。

あの人もすごい、自分もすごい。

これがあなたが常に意識すべき事です。
あなたは、無条件に自分を自信を持っていいんです。

どうですか?
少しは気持ちが楽になりましたか?


長くなりましたので、
今回はこの辺にしておきたいと思います。

好評であれば、シリーズ化しようかなー
と思っていますので、
いいね!、コメント、読者登録。
いつでもお待ちしておりますよー!

近いうちにまた更新しますね。
それでは、また、次回です。


by 宮﨑


マクロミル

BUMPの天体観測から学ぶ、人生を楽しく生きるコツ




こんにちは。宮﨑です。
今日は音楽からある学びを得ましたので、それについて書いていきたいと思います。

僕が大好きな曲、
BUMP OF CHICKEN の「天体観測」です。

「天体観測」は、BUMP OF CHICKENの最も有名な曲として、カラオケでも良く歌われる曲ですが、
この曲も深く考察してみると、非常に興味深い発見があります。

この曲は、前回の僕の書いた記事と、
非常に似た結論になっている事に気づいたんです。
→前回の記事はこちら


天体観測といえば、
フジテレビ系列で放送された同題のテレビドラマの挿入歌としても有名です。
そういう使われ方をしていたのもあって、この曲は「天体観測」をひとつの例にとった、若い男女の恋愛ソングと捉えている方が多いと思います。

確かに、実際私もかなり最近までそう思っていましたし、ボーカルの藤原さんも、解釈は人それぞれあっていいとおっしゃっています。つまり「天体観測」は男女の恋物語でも正解なのですが、

しかし、より深く考察してみると、
表面上は男女2人の話に感じますが、
実はこれは、ある3人の物語ではないか?
ということに気づきます。

「え?どういう事?どう考えても2人でしょ?」
そう思う方もいるでしょう。

もちろん、AさんBさんCさんの3人というわけではありません。この曲は、1人の話でもあるし、3人の話でもあると思うのです。
よく分からなくなってきましたね笑

つまり、究極的にはある1人の話なのですが、
(それは藤くんでもいいですし、僕でもあなたでも誰でもいいのですが、ここでは「自分」という表現にしておきます。)
色んな時間軸から見た自分、というのが1つの解釈としての答えです。
すなわち、①過去の自分、②現在の自分、③未来の自分、の3人です。

1人の話なんだけど、3人の話だというのはこういう事ですね。この結論だけ聞いた後、「天体観測」の歌詞を読んでみると、非常に多くの発見があり、すごく腑に落ちてきます。

それでは、歌詞を見ていきましょう。


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天体観測/BUMP OF CHIKEN 
作詞作曲:藤原基央

午前二時 フミキリに 望遠鏡を担いでった
ベルトに結んだラジオ 雨は降らないらしい

二分後に君が来た 大袈裟な荷物しょって来た
始めようか天体観測 ほうき星を探して

深い闇に飲まれないように 精一杯だった
君の震える手を 握ろうとした あの日は

見えないモノを見ようとして 望遠鏡を覗き込んだ
静寂を切り裂いて いくつも声が生まれたよ
明日が僕らを呼んだって 返事もろくにしなかった
「イマ」という ほうき星 君と二人追いかけていた

気が付けばいつだって ひたすら何か探している
幸せの定義とか 哀しみの置き場とか

生まれたら死ぬまで ずっと探している
さあ 始めようか 天体観測 ほうき星を探して

今まで見つけたモノは全部覚えている
君の震える手を 握れなかった痛みも

知らないモノを知ろうとして 望遠鏡を覗き込んだ
暗闇を照らす様な 微かな光 探したよ
そうして知った痛みを 未だに僕は覚えている
「イマ」という ほうき星 今も一人追いかけている

背が伸びるにつれて 伝えたい事も増えてった
宛名の無い手紙も 崩れる程 重なった

僕は元気でいるよ 心配事も少ないよ
ただひとつ 今も思い出すよ

予報外れの雨に打たれて 泣き出しそうな
君の震える手を 握れなかった あの日を

見えているモノを 見落として 望遠鏡をまた担いで
静寂と暗闇の帰り道を 駆け抜けた
そうして知った痛みが 未だに僕を支えている
「イマ」という ほうき星 今も一人追いかけている

もう一度君に会おうとして 望遠鏡をまた担いで
前と同じ 午前二時 フミキリまで駆けてくよ
始めようか 天体観測 二分後に君が来なくとも
「イマ」という ほうき星 君と二人追いかけている


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まず最初の部分ですけど、

なんで2分後なんだろう?って思いません?
山手線じゃないんだから!って感じですよね笑

僕は「2分後」ではなく、「二分後」である事に着目しました。
数字じゃなくて、漢字に着目するんです。
(にふんご)ではなく、(にぶんご)ということです。

つまり、この場合で言えば、2分という時間の経過によって、
自らが二分化され、2分前の自分と現在の自分に分かれた、と僕は解釈しています。

「大袈裟な荷物しょってきた」は、色んな過去のトラウマや後悔や栄光と捉えることができるかもしれませんし、この曲が発売された2000年頃にとっては、
もはや「ベルトに結んだラジオ」は過去の象徴かもしれません。

こういう風に考えると、
なんかワクワクしてきますよね。

「君の震えている手」は、過去の自分、あるいは現在の自分が、見えない未来に震えている様子でしょう。
ここの「君」は一緒に天体観測(自分探し、将来の自分探し)を一緒にしている友人と考える事も出来ますね。
とにかく、何か見えないものに怯えている、
という事です。

そして1番のサビの部分。

まず最初に注目するのは、最後の部分ですね。
「イマ」というほうき星、君と二人追いかけていた。

(イマ)という言葉が、カッコ書きにされているのが気になります。
カタカナにされているのも、特にそこを強調したい意思の表れでしょう。
イマというほうき星、ですから、
イマ=ほうき星 ということになります。

つまり、ほうき星を探す天体観測は、
本当は、イマの自分探しであるということです。

何か恐怖と戦いながら、希望や本当の自分を探そうとする行為を、藤くんは天体観測に例えているわけです。

「追いかけていた」という歌詞もポイントですよね。
二人追いかけていたのは過去の話で、
それは少しづつ変化していく事が読み取れます。

それでは、2番を見ていきましょう。
ここからは少し話が変わります。

ここは比較的理解しやすい部分だと思います。
幸せの定義とか哀しみの置き場とかを、
気がつけばいつだって、探している。

つまりこれも一種のここでいう、
「天体観測」だって事ですよね。
皆必死に何かを探していると。

「今まで見つけたモノは全部~」は、
今までの良かった事、苦しかった事、
様々な経験もしているし、後悔もある、
といった所でしょうか。

そして、2回目のサビです。
ここは、何か知らないモノや、
未来にあるかもしれない希望を追い続ける、
そんな自分の思いが出ている歌詞ですよね。

ただ、このサビの最後の部分。
ある変化がある事に気づきます。

1番では、「イマ」というほうき星を、
二人で追いかけていたのに、
2番では、一人で追いかけています。

この変化はなんでしょうか?
僕は、自分が過去を別の物(者)としてではなく、
自分自身として受け入れた、
という事だと思っています。

この2番では、ある程度「過去」
にフォーカスして詩が書かれています。

しかし、今「も」一人追いかけているのです。
今「も」、という所に注目です。
つまり天体観測(簡単に言うと自分探し)をしている事自体は以前と同じ。
ただ、過去を後悔したりするのではなく、
受け入れて精一杯「イマ」を生きようとする心情の変化だと思います。

この後も「過去」について描かれます。
「背が伸びるにつれて~」の部分ですが、
ここの部分いいですよね。

成長して、思春期を経て大人になっていく中で、
色んなしがらみとかを経験して、
この世の中に言いようのない閉塞感を覚える。

まさに、尾崎豊の世界ですよね。笑
「15の夜」みたいな、そんな独特の心情です。
誰もが経験するところではないでしょうか。

その後の部分も過去の後悔というか、
こんな事もあったなと回想する部分です。
そしてラストのサビに突入します。

過去には色々あったけれども、
知った痛み全てが、「僕を支えている」んです。
忘れるのでもなく、引きずるのでもなく、
それを受け入れようという事ですよね。
ここも繰り返し主張されている部分です。

「現在(イマ)」という視点が、過去への後悔や未来への不安によって
抜け落ちてしまう事があったけれども、
やっぱり原点に立ち返って「天体観測」をする。
→今を精一杯生きることに立ち返る。

「イマ」を全力で生きる。
結局僕らにはこれしかないのだと再確認していますね。
だから、「一人」で「イマ」を探しています。


そして、最後の部分。
自分は、「イマ」を生きるしかないと確認した上で、
今一度「天体観測」をしようとするわけです。

ただし、今度は「君」(過去の自分)がいません。
過去は振り返らない事にしたからですね。

ここで、この曲ラストにして最大の謎が出てきます。
本当に最後の部分。

《「イマ」という ほうき星 君と二人追いかけている》

ええええええええっ?
そこは一人じゃないの?
ってなったのは僕だけでしょうか。笑


ちなみにこの「天体観測」を仮に恋の歌だとしたとしても、ここで「二人」になるのはかなり不自然で違和感があります。


この部分がこの曲最大の謎であり、
それぞれの解釈があっていい部分だと思います。

「この部分に関しては、皆さんの解釈次第です!」
と言ってしまえばそれで終わりですが、
それではあんまりなので、
僕はどう解釈したかを書きます。

「過去の自分」という事はありえないと思いますね。
散々「過去」を受け入れる描写がありますし、
直前の締めは「一人」で追いかけていますから、ここでまた「過去の自分」と天体観測をするとは考えづらい。

当然、二人のうち一人は、現在の自分という事になります。この曲では終始現在の自分目線で歌詞が書かれていますので、ここは間違いないです。

すると、残りの一人は「過去の自分」でないとすると、
一体全体誰なのか。

繰り返しになりますが、ここはそれぞれの解釈で良いという事を前提にした上で、

僕は、「未来の自分」だと、そう考えています。

正直、ここは二人ってなってますけど、
難しく考えずに現在の自分が「イマ」を追いかけている。それでいいとは思うのですが、
「二人」となっている部分にあえて答えを出すとすると、
僕は「未来の自分」であると考えますね。

ここまでの経緯で「過去」は受け入れました。
過去は過ぎ去ったことであり、帰ることは出来ない。
良い意味で「考えない」ということですよね。
例)反省はするが、後悔はしない。

前回の記事でも書いたわけですが、
過去を振り返る事に意味はないのと同時に、
未来を恐れることに意味はありません。
→前回の記事はこちら

コントロールできるのは現在だけだからです。
先の事なんて、誰にも分からないですからね。

つまり、「未来の自分」なんていうものが、
先にある気がするけれど、
そんなものはない(分からない)んです。

だから、「イマ」を探している「現在の自分」のすぐ横に、「未来の自分」がいるわけです。

何か自分でコントロールできる「未来」というものが、
あるように感じるのは気のせいで、実際はない。

「あなたには未来がない」とかそういう意味ではなくて、何か希望のようなものがあるのだとしたら、

それは得体の知れない「未来の自分」にあるのではなく、「現在の自分」にあるという事。
(「現在の自分」は「未来の自分)を包含している!)

あるいは「未来の自分」というものこそ、
それはつまり「現在の自分」であるという事だと解釈しました。(「現在の自分」=「未来の自分」)

①「未来の自分」とは、「現在の自分」の一部。
(すぐ隣にいるor一緒にいるので、「二人」)
②「未来の自分」すら、それ即ち「現在の自分」。
(「現在」と「未来」の二面性を持つ「自分」は、「二人分」であるという事。)

という事が考えられます。
これが最後の「二人」の僕なりの解釈です。
まあ、つまり結局は「一人」って事なんですけどね。


「自分」を、「過去の自分」「未来の自分」とか、
色々分けてはみるけれど、
過去は変えられないし、未来は分からない。

3人だけど、結局は「現在の自分」しかない。
精一杯「イマ」を生きるしか、
自分にできる事はないって事です。

全力で「イマ」を生きるのが、
人生を最高にする唯一の方法だと、
藤くんは教えてくれているのだと思いますね。

ちなみに、
→前回の記事はこちら

さあ、これで前回の記事と同じ結論に達しました。
今を、現在を、精一杯頑張りましょう!
僕も楽しい人生を過ごすために頑張ります!
あなたも是非一緒に頑張りましょう!

それでは、今回はこの辺で。
また近いうちに更新したいと思います。

宮﨑


マクロミル

あの頃は良かった?


よく、「あの頃は良かった」なんて言葉を耳にします。
あなたもそう思った事もあるでしょう。
僕もそう思う事があります。

それは仕方の無い事だ。
と思ったりしていませんか?

僕も以前はそう思っていましたが、
今はそう思わないようにしています。

過去を振り返る事にあまり意味が無い事に気がついたからです。
そうじゃないですか?
ならば、どうするのか。

「あの頃は良かった」
多分それは事実なんでしょう。
本当に楽しかったんだと思います。

ならば、どうするのか。
答えはひとつです。

過去が良かったのなら、
今をそれ以上に良くするしかありません。

僕はそうするしかないと考えているし、
そうすべきだと思っています。

過去を振り返って、後悔する。懐かしい気分になる。
見えない未来に怯える。
そういう気持ちになるときもあると思います。

でも考えてみてください。
過去の事なんて、どうにも出来ません。
未来の事なんて、分かるわけがありません。
しかし今は、自分の思い通りです。
逆に言うなら、自分の思い通りにできるのは、
今だけです。

答えはもう出ていますよね。
今を精一杯生きていきましょうよ!
ってただそれだけです。

僕らにはそれしか出来ないですし、
今を楽しんで、今を頑張る事でしか、
人生を充実させる方法はないと思います!

自分の胸に手を当てて、考えてみてください。

あなたは、今を精一杯生きていますか?
あなたは、今を精一杯楽しんでいますか?

僕はそれに限りなく近づいてきています。
まだ完全ではありませんが。


あなたには人生を充実させるためにやりたい事がいくつかあるはずです。
それを出来ているか、
人生を楽しめているか考えてみてください。

やりたいとは思っても、
出来ていない方がほとんどではないでしょうか?

それでは、
最後にあえてこのタイミングでこれを言います。

「いつやるの?」



…。

今でしょ!!!



それでは、また次回です。
読んでいただきありがとうございました。

宮﨑



マクロミル

動物園の動物は幸せか?


こんにちは。宮﨑です。

7月21日のたけしのTVタックル放送を観ていたら、
「動物園の動物は幸せか?」
という興味深いテーマで議論が行われていたので、
今回はそれについて書いていきたいと思います。

これもまさに、
テレビ番組をなんとなく観るのではなく、
そこから学びを得て、
実践していこうという意思の表れです。

それについては、
前回かなり詳しく記事を書いてますので、
そちらをご覧ください。
番組の中でもかなり議論されていました。
誰もが一度は思ったことがあるのではないですか?

動物園の動物は、
「人間に自由を奪われて可哀想」
「安全で餌も供給されて幸せ」
「自然の姿とはかけ離れた姿」
「安心でき、ストレスがない」

様々な言われ方をします。
あなたはどう考えますか?

僕は、動物園の動物は、
「幸せか?」というのは正直分からない。
けど、動物園は必要。
というのが正直な答えです。

分からないからやめる。
というようには思いません。

動物が幸せかどうか、
それは正直分からないところがある。
ただ、動物園は人間にとっても、
動物にとっても必要があるので残すべき。

というのが僕の考えです。
動物園の是非を、
「動物が幸せかどうか」
で判断しないという事ですね。

そもそも「幸せ」の定義が曖昧ですし、
その動物が幸せかどうか僕らにわかるのでしょうか?
多少の感情の変化は読み取れても、
どう考えているかを深く感じ取る事は難しい。

「幸せ」というものも、
我々人間だって一人ひとり考え方が違います。
動物にとってもそれは違うものです。
そもそも「幸せ」という概念があるのかも不明です。

ならば、そんな事をいちいち考えていたって仕方ない。
そんな事、誰にも分かりません。

動物園には、種の保存や、
子ども等への教育という面を考えたら、
やはり動物園は必要でしょう。

実際に、絶滅しそうになった種の動物を、
動物園で繁殖に成功し、
無事元の場所に多く帰す事ができた、
という例が世界では数多くあります。

厳しい言い方をすれば、
動物園の動物には多少犠牲になってもらう。
こういう事です。

もちろんできるだけストレスのないように配慮し、
餌と睡眠も十分に与え、安心させる。
生活には完全にサポートするという事。

その代わり、病気の際に何が効くのか研究したり、
どうすれば繁殖するかの試行錯誤をする。
僕らの知的好奇心に少し付き合ってもらうという事。

当然、人類の為ではありますが、
種の保存行為ですから、
当然その動物の為にもなるわけです。


そもそも僕らが子どもだった頃、
(僕は今もですが笑)
動物図鑑にのっているライオンがいますよね。
図鑑にのっているパンダがいますよね。

それ実際に見てみたくなりませんでした?
僕はなりましたよ。
皆さんもなったんじゃないでしょうか?

その素直な感情に従って、
子ども達が、生のライオンを、
わずかなお金で見れるようにする。

これってそんなにいけない事ですかね?
僕は当然あっていいと思います。

動物が見たいのですから、
無理のない範囲で見れるようにする。
これは普通の行為じゃないですかね。

動物園を作る事によるデメリットって、
正直ほとんどないと思います。
これ位の自分勝手ならば、
許されて然るべき。

そう僕は思いますね。
あなたはどう考えますか?


さて、今回はこの辺としましょう。
また近いうちに更新しますね。
それではまた、次回です。

by 宮﨑



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